戦国の歴史をたどる「東近江トレイル」
Higashiomi Trail
東近江トレイルの見どころ



繖山(432.5m)


 繖山は東近江市と近江八幡市にまたがる標高432.5mの山です。別名観音寺山ともいわれてます。
 繖山には、かつて近江守護職の佐々木六角氏が室町時代の応仁・文明の乱に際し、この地に居城を築いたとされ、15世紀後半には城ととして形態を整えられたといわれています。全山を山城域とし、日本でも有数の規模を誇ります。支城に箕作城・和田山城・佐生城・長光寺城などがあり、織田信長に箕作城を落とされると、六角義賢・義治は観音寺城逃げ、その歴史を閉じました。
 観音寺城跡には、遺構が残っており石垣や側溝多くみられます。頂上付近には西国32番札所の観音正寺があり、多くの参拝客が訪れます。また山麓には石馬寺、善祥寺、桑実寺や瓢箪古墳などがあり、歴史の詰まった山域です。
 右写真は北箕作山からみた繖山です。

箕作山(372m)


  箕作山(みつくりやま)は東近江市と近江八幡市にまたがり国道8号線を隔て北西に観音寺山があります。北箕作山には観音寺城の支城である箕作城跡があります。今も、その石垣がわずかに確認できます。六角・織田の戦乱の時代の注目すべき所です。 
 箕作山の頂上は2カ所有り、北側のピークに箕作城址があります。北側のピークは清水山(324.7m)とも、また千草獄とも呼ばれています。一般に地図では箕作山の表示は南側になっていますが、この山域全体をさして箕作山と呼ばれています。南側には箕作山(372m)をはじめ赤神山(355m)、小脇山(373.4m)岩戸山(325m)、太郎坊宮、瓦屋寺、十三仏、延命公園などがありルートも整っています。
 右写真は北箕作山頂上です。頂上からかは、北に伊吹山・霊仙山、東に鈴鹿の山並みが望め、西は近江富士や琵琶湖の向こうには比良山系が望めます。

北向岩屋十一面観音


 JR能登川駅南方の猪子山(268m)山頂の堂の奥に岩屋があり、その中の像高55cmほどの石造の観音が、北向観音と呼ばれています。
 奈良時代に安置されたものといわれ、古くから土地の人々の信仰を集めました。平安時代には、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が鈴鹿の鬼賊(きぞく)退治のため、岩屋にこもり、この十一面観音菩薩に武運を祈願したともいわれています。
 また、ここからの展望が素晴らしく、西の湖・琵琶湖・比良山系が望めます。夜景も必見の眺めです。

観音正寺


 観音正寺は繖山(きぬがさやま)の山頂近くに位置する。伝承によれば、推古天皇13年(605年)、聖徳太子がこの地を訪れ、自刻の千手観音を祀ったのに始まるという。
 観音正寺が位置する繖山には、室町時代以来近江国南半部を支配した佐々木六角氏の居城である観音寺城があり、寺は佐々木六角氏の庇護を得て栄えた。
 観音寺城は永禄11年(1568年)、織田信長の軍勢に攻められて落城。数年後には佐々木六角氏所縁の観音正寺も焼き討ちに遭い、全焼した。再興されたのは慶長年間(1596年-1615年)のことである。

太郎坊宮


 箕作山の南側に標高350mの赤神山があり、その中腹に位置します。“太郎坊さん”の名で親しまれており、約1400年前に創始されたと言い伝えられいます。勝利と幸福を授ける神様として信仰されています。
 天照皇大神の第一皇子神、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)を祀っています。
 本殿の前にある夫婦岩という巨岩があり、神力によって左右に開いたといわれ、巨岩信仰の中心となる岩で、この前を嘘つきな人が通ると途端に岩に挟まれてしまうといいます。
 本殿前の展望台からは、四季折々に移り変わる蒲生野の景色や、東には鈴鹿連峰を始め、天候の良い日は青山高原が、南には甲賀・湖南地域や遥か奈良県の山並が、西には比叡山や琵琶湖等の景観が楽しめるため、多くの人が訪れています。


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